千葉県八千代市へ
今回は、千葉県八千代市で見た
ちょっと変わった狛犬さんを題材にして描いた絵だ。
2024年1月の末、
千葉県の道の駅やちよで車中泊をした。
我孫子市にある手賀沼の方面(道の駅しょうなん)は
何度も行ったことがあるが、
手賀沼から東南の方向にある
千葉県八千代市(印旛沼方面へ)は、まだ行ったことが無い。
では、その近辺どんな狛犬さんに出会えるかなと
行ってみたのであった。
さすがに1月になると車中泊、夜は寒い。
だからモバイルバッテリーをつなぐと
温かくなる機能の付いた寝袋を、最近買った。
どこのメーカーだったか調べようとしたら
もうWEBにはその商品が載ってなかった。
恐らく中国製かな。ま、それなりは
効果を得ているのでいいとしよう。
そのモバイル寝袋に、さらに以前使用していた寝袋を重ねて着る。
そうすれば完璧、と思ったがそれでも朝方はそれなりに寒い。
幸いその日は極端に寒い日では無かったので
どうにかしのげたのだった。
道の駅やちよを取り囲むように流れる
新川の南側を中心に回った。
この新川、グーグル・マップで見ていると
途中で突然、花見川という名前に変わる。
なぜなのだろう、と調べてみたら、
明治の頃に、新川と花見川を掘ってつなげたというのだ。
だから、途中から川の名前が変わっているのである。
新川の先にあるのが印旛沼、
江戸時代に利根川の東遷工事をした影響からか、
しょっちゅう洪水、氾濫を起こしていたようだ。
その対策として江戸時代から新川と花見川をつなぐ
工事を何度もしては中断していたのだが、
明治時代にやっと解消するにいたったようだ。
完成するまでには多くの方が事故で亡くなられたようだ。
あとで調べてその地域の歴史を知ると
現在、生きている僕らは、多くの方の
礎(いしずえ)の上で生きているのだな、と
思うのであった。
子之神神社(ねのかみじんじゃ)の狛犬
話が逸れた。
米本神社、米本稲荷神社と参拝をして
神野(かの)地区の神社回りをした。
なんで神(かみ)の野(の)と書く地名なのだろう、
神様と関係しているのかなと思いながら
Googleマップにあった「子之神神社」という場所を目指した。
あとで調べて分かったがこの神社、
広大な畑のあるほうが正面だったようだ。
初めて行く神社、マップで位置は分かっても
地方に行くほど、その神社への行く道が分からないことがある。
ここもそうだった。
デフォルトのMAP画面で分からないときは
写真の地図に切り替えて見る。
すると鳥居やそこへ向かう道が見えて分かるときがある。
ところが森や林の中にあると
神社へ行く道が見えず
どの方向から行けば分からないことがある。
ここもそうだった。
北側の薪販売店近くに車を停め
自動車販売店の左隣りに森に続く
階段があったので神社のある方面はこちらだな、
と思い、階段を上っていった。
するとしばらくして右手の木々の中に
神社の拝殿右側が見えた。
そして鳥居。
その先は、広がった台地の畑だった。
鳥居をくぐると、手前の低い台に変わった形の狛犬と
奥の拝殿の前に岡崎型の狛犬が見えた。
目を引いたのは手前の狛犬である。
見たことのないずんぐりむっくりの狛犬。
目はまんまる。髪をオールバックにしたような
たてがみ。きれいな歯と犬歯。とてもユニークだ。
石の状態は新しい。
台座を見てみると、「大正六年九月甲子日」の
文字が見えた。石工は「古池愛之進」と刻まれている。
台座の石はそれなりの年月を感じるが、
狛犬の石自体は新しいのである。
これはどういうことだろうか。
狛犬の彫りもなんだか機械彫りのように見える。
想像するに、おそらく何かのひょうしで狛犬が壊れ
惜しいと思った氏子さんたちが、
元の形をそのまま再現させたいと思い
新たなる石工さんに狛犬さんを
作ってもらったのではないのだろうか。
狛犬の新しい石と
台座の古い石とを見比べて、そう思ったのであった。
(あくまでも想像です^^;)
奥の岡崎型の狛犬は、平成16年10月の
まだ新しい狛犬である。
ひとつ、目を引いたのは、
ここの賽銭箱の模様が
2匹のねずみさん、で向き合っていたこと。
大正十四年八月甲子日(きのえねび)
に奉納したので、ネズミにちなんで
そういう模様にしたのだろうか。
とてもかわいい意匠である。
今回は、このずんぐりむっくり
オールバック狛犬さんを描いてみた。
4号のキャンバスに狛犬さんは
歯をむき出して玉をころがしている。
題材の場所: