神域の狛犬
ツイッター(=X)の友達が写真を載せていた。
それは、見たこともないタイプの
かわいい狛犬だった。
それは大田原市にあるという。
たまたま寄った神社にいた狛犬さん、とのことだった。
写真の狛犬は、まるで
「ボク、ココニイルヨ」と言っているかの
ようだったのだ。
数日して僕は、ゴールデンウィークを利用して
(2024年5月3日、4日頃)
那須、白河、大田原方面に出かけた。
この辺りは、狛犬の宝庫地帯。
だから、この方面に行くのはとてもウキウキする。
でも、今回の一番の目的はこの狛犬に合うことだったのだ。
狛犬の声を聞きに行きたかったのだ。
栃木県大田原市の田舎道、
右手に田んぼ、
左手は少し坂になって奥は木々が茂った丘陵。
ビニールハウスや民家が時折見える。
ナビではこの辺りなのだが…
神社らしきものは見えない。
ナビの★マークが通り過ぎてしまう。
(僕は事前に、グーグル・マップ上に★印を付けて行く場所を把握しているのだ)
Uターンしてまた、同じ道を舞い戻る。
するとまた通り過ぎる。
だいたい、会いたいときほど
いろいろと障害があるのだ。
おかしいなあ、この辺りにあるはずなのだが、
またUターンして行くと、
右手の民家の前に軽トラが
停まっていたので、近づいて停まって聞いてみた。
民家の人に用事があって来て
帰ろうとする70歳ぐらいのお爺さんだった。
「すいません、この辺りに神社が
あるのを知りませんかねぇ」
「神社? そこの坂を降りたあたりに
神社があるよ。皆んな参拝に行くのは
そこだけど」
どうやら、この近辺の地元の人達に知られているのは
坂を降りたあたりにある神社らしかった。
だが、事前に地図で調べていたので、
それは岡崎型のある神社だろうと思った。
「いや、あのですね、この近くに神社があるんですよ」と
僕はスマホを取り出してグーグルの地図を見せた。
確かに二人のいる近辺に★印はあった。
「んん? この辺りに神社? そんなのあったかな」
お爺さんはちょっと考え込むと
「そういや、そちらの家の奥に神社があったような…」
と言って「でも、それはだいぶ前のことや、
ちょっと見てきたら」言うと、軽トラの扉を閉めて
あったかもしれんね、と言って去っていった。
ということで、お爺さんのあったような、という
言葉をたよりに近辺を散策。
民家の左側に、草ボウボウの道が
奥の森に続いているのが見えた。
まったく参道と分からない道である。
徐々に高くなって曲がった道、
長方形の石が無造作に横たえられ
間には草がボウボウ生えている。
その奥の森の入口近くに
かすかに鳥居があるのが見えた。
こ、これは分からん。
草ボウボウなのは、ほとんど
人が訪れることの無い神社ということを表していた。
目的の狛犬は、鳥居前の左右に鎮座していた。
15時頃に着いたのだが、ちょうど鳥居の中心の真上に
太陽が顔を出していた。
目的の狛犬と会った瞬間だったので、
このシンメトリーな風景を目の当たりして心が痺れたのであった。
まるで僕を待っていたか…ちょっとうぬぼれる^^;
狛犬に近づき、あちこちから眺め
写真を撮り、台座を調べた。
嘉永2年(1849)己酉9月9日と彫られている。
「イギリス軍艦マリナー号、浦賀と下田に来航して測量を行う」と年代を調べたら出てきた。
ペリーが来航する(1853年)のちょっと前頃。
右隣りには、大野定之丞? の文字、奉納者かな…。
石工さんの名前を探したが
残念ながら分からなかった。
目の上のゲジゲジした眉毛、
楕円形の瞳、3つにもこもこしたお鼻、
ふさふさした口髭、左右に分かれるしなやかなタテガミ、
いくつものこぶがある背中、クリームのような尻尾。
すべてが愛おしい造形だ。
ところで、
この狛犬、ちょっといつもの狛犬と違う。
何が違うのか?
狛犬をよく見ている人は分かると思うが、
それは、
目元から鼻先にかけて鼻口部(=マズルともいう)が
他の狛犬さんより、とても長いのだ。
鼻の先がツンとしているのだ。
犬みたいなのだ。
江戸時代に造られた狛犬で
ここまでマズルの長い狛犬さんを見るのは初めてだった。
僕はしばし狛犬の前に座って
じっと眺めていた。
「この神社へ、よく来たね。ありがとう」
そう言っているようだった。
「いままでじっとここで
見守っていたんだね」
めったに人の訪れることのない神社。
でも鳥居に注連縄がちゃんと掛けられているので
たまに手入れはされているのだろう。
狛犬を見たあと
拝殿まで登ってお参りをした。
とても神聖な空気を感じた。
狛犬に合わせていただいてありがとう。
手を合わせた。
しばらくキャンバスに絵を描いていなかったが、
思い出して描いてみた。
以前、描いた気に入らない絵を潰して、
モデリングペーストを重ね、
その上に今回の狛犬を描きあげた。
だから今回も表面はコテコテした絵である。
アンビバレンツな思いの聖地
今回は、思い入れのある神社なので
場所の地図は載せておりません。
グーグル・マップでは、まだコメント1つという
名の知れない神社。
正直、このまだ人に知られていない
素敵な狛犬さんのいる神社を多く人に知ってもらいたい気持ちと
この静かな聖域を汚されたくなく紹介したくない気持ち、
2つの相反する(アンビバレンツな)気持ちが
僕の中に生じている。
困ったもんだ。
でも、ほんとうに参拝したい人
狛犬を見たい人は
写真や資料をもとにヒントを見つけて
行くことはできるのだろう、と思う。
たぶんそのような方は、
信心深くて心優しい人だと思うので
心配ない、と思う。
多くの人に知ってもらいたい、
でも人がいっぱい来て、
荒らされてもらいたくない、
相矛盾をする感情を抱かせる
場所、狛犬。
そんな思いが渦巻くのが今回の絵なのだ。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
取材の場所:今回は秘密にしてます。
でも、写真とかいくつもヒントがあるので分かる人は分かるでしょう。