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唐獅子

唐獅子
唐獅子(ハガキ判シナベニア・焼き絵)

ハガキ判シナベニアでバーニングの練習だ

今回、トップに載せたのは、ウッドバーニングをし始めて、

1か月弱の頃の作品だ。

2025年11月11日以降にAmazonでマイペンアルファを購入してから、マイペンアルファ

100円ショップの板で試し、その後、

世界堂でシナベニアのハガキ判を購入、

ためし描き(焼き始めた)した中のひとつである。

マイペンアルファには、購入時に2つのペン先がある。

●T21-B1(鉛筆型、ペン先2mmほど)、

●T21-K8(ナイフ型、切り刻むように焼ける)

まだ、その頃は、その2本しかなかったのだ。

それで、この2本だけで仕上げた。

狛犬の尻尾を見れば分かるが、

マイペンアルファの熱さのメモリ(1~9まである)を

高めにして線を引くと、ところどころダマになるのである。

それは、シナベニア、節目があまり目立たない板なのだが、

均一に柔らかくはなく、(たぶん節目の関係だろう)

あるところは硬く、あるところは柔らかいのだ。

しかも、それは描き(焼き)始めて感触で分かることなのだ。

だから、硬い所は、普通に線を引けても

柔らかいところは、熱さがすぐに伝わって

その部分が焼け焦げ、丸くダマになるのだ。

これは実際、ペンを走らせて焼いてみないと分からないことであった。

ただ、わたしは、これもひとつの味だとして、とくに気にはしなかった。

また、題材も狛犬なので、線に強弱があっていいと思った。

 

神社にたまに見かける屋根の上に見える構え獅子。

その撮った写真を参考に

このハガキ判に収まるようにレイアウトし直して描いた。

夜の2時間くらいかけて仕上げた作品である。

 

コンテストの受付をする

ウッドバーニングコンテストの第一次予選が通過したので、

今回、初めて上野の東京都美術館にて自分の作品が展示できることになった。

ウッドバーニング主催者の展示も今回が上野で開催するのが

初めてのことで、事務所のほうも

会場の準備やら、展示やら、いろいろと大変だったようである。

 

1週間の開催なので、受け付けも必要となる。

当選者に来た封筒の中に「受け付けを出来る方は、その日に丸をつけて

FAXしてください」というボランティア募集があったので、

どんなところでどんな人が集まるのか興味もあって、

仕事が休みである、土曜、日曜、の午後に丸をつけて送信した。

開催日の1週間前にメールが届いて、土曜日午後にお願いします、とのことだった。

土曜日の午後、少し、早めについて場所を確認する。

都美術館、入口近くに、鏡面の球体があるところだ。

入り口は下へ降りるエレベーター。けっこう中は広いので

近くの係員に聞いて場所を教えてもらう。

左手の奥の奥だった。

最初にトイレ奥にある控室に行った。

扉を開けると、ダンボールが

壁際に積まれた窓の無い部屋の奥に

二人の高齢の女性の方が机の前に座っていた。

弁当を食べ終えたところだったようだ。

どうやら、今回、一緒に受け付けをする方のようだ。

しばらくして、担当の若い女性の方が扉をあけて現れ、

今日の受け付けの仕方を簡単に教えてくれた。

ようするに3人で「受け付け」をすることだった。

目録をあげたり、アンケートを渡したり、来た人をカウントする作業である。

1時間30分から受け付け。

エレベーターから降りてくる人が真正面に見えるので

案内をする。

誰も降りてこなく、することも無い時間があるので

受け付けの女性とお話したりした。

みんな初対面の人ばかりである。

「あなたはどちらの先生の生徒さん?」と

ひとりの受け付けの方に聞かれた。

「とくに先生はいないのですが…」

あら、先生についていないの?

去年、電熱ペンを購入して始めたばかりなので…。

話を聞くと、女性は、もう

20年前から始めているようである。

もう一人の受け付けをしている方も

10年以上は教室に通っているそうだ。

はあ、みんなそんな長いことウッドバーニングを

している人たちなの???

逆に、わたしが去年から始めて

今回、第1次審査に通ったことに二人は

びっくりしていたようであった。

 

受け付けは3人もいらないということで

交代で作品の鑑賞をして回った。

わたしも席を立つと、今回、入賞した人の

作品を重点的に見ていった。

 

どちらかというと

ウッドバーニング展は、写実的な作品が

多いようである。

 

展示されている中で、今回、

二次審査で受賞された方の作品には、

作品の近くに「グランプリ」や「金賞」などの

札が貼られていた。

どれも丁寧に作り上げられている作品ばかりだった。

賞を受賞した人の作品の近くに本人さんが

いたので、すごいですね、いいですね、と

言いながら、ちょっと技術的なことも聞いてみた。

(なかなか、作者本人に聞けることはない、

こういう時が聞きどころだ…と思いながら)

「この作品はどのくらい時間がかかっているのですか」

すると、1,2か月はかかっているとのことだった。

するとスマホからなんと制作過程の写真をちょっと

見せてくれた。

「最初に全体をうすく焼いていき、徐々に徐々に

また同じところを焼き上げ、時間を置いて、焼き上げて」

いくとのことだった。

見せていただいた写真は、段階を踏んで、しだいに

絵が濃くなっていく様が3つの写真で分かった。

「焼き重ねていいくと、あるとき、急に立体感が

感じられてくるんです」と言っていた。

なるほど、やっぱり皆さん時間をかけているのだなぁ。

自分は、1枚の絵にそんなに時間をかけていないよ…と

思いながら聞いていた。

その方が、別の受賞者のかたの作品の前に行き、

「この人のを見てください」と言った。

よく見ると、この人に黒は、

ムラがなく、綺麗に焼けている。

「黒は黒でも、この方の黒はムラもなく、

きれいなんです。どうしているのでしょう」と

いいながら、見ていた。わたしも、

再度、顔を押し付けるようにして、じっくりみた。

受賞されたかたでも、さらに受賞された方の

作品を見て、不思議がっている様に

面白く感じられた。

その方の言うには、

ウッドバーニングの作品で一番、手間のかかるところは

黒い部分と言っていた。

一度に熱いペン先で板を焼くと、焼き焦げてしまい、

穴凹もあいてムラができます。だから、段階を踏んで、

少しずつ、焼いていき、しだいと濃くするのだと。

だから、黒い部分の量と、その部分を見ることによって

時間のかけ方や、技術が分かるのだと。

そんなことを言われるとわたしの作品は、

全体にそんなに黒くなく、時間をかけていないではないか…。

「ハガキ判でいったら、どのくらいの時間が

かかるのでしょう?」と聞くと、

まあ、10時間ぐらいは、かかりますかね、とのこと。

へっ、今回、ここに載せたハガキ判の焼き絵は、

2時間ぐらいしかかかってないじゃないか、

うぬぬ。ハガキ判で1日近くかかるのであれば、

とうてい、X(=Twitter)とかに

1日ごとにアップできないではないか。

わたしは、そんなに挙げているほうでは無いが、

ツイ友さんの中には、ほぼ毎日、

X(=Twitter)にアップしている人も

けっこういるのである。

そういった世界を見慣れていたので、

これは、困った、と思った。

 

今回、作品が掲示されている一緒に受け付けをしている

高齢の女性に聞いてみた。すると、

太子判で、約1年かかりますねぇ、とか言っていた。

A3判より小さめのサイズが1年!!!???

どうもウッドバーニングの世界は

時間が悠久だなあ。

1年に1作品じゃ、とうてい効率的ではないなぁ。

一日に何本仕上げて、売上を上げるかを

毎日考えながら平日仕事(絵とはまったく関係ない)をしているわたしにとって

これは聞きづてならないなあ。

商売と芸術は比較するものではないが、毎日仕事で効率を考えながら

生きているわたしにとっては、とても耐え難い時間のかけ方だ。

 

ほかに超リアルな絵を展示いる人がいたので、本人に近づいて聞いてみた。

すると、マイペンアルファのメモリ6ぐらいから

ちょっとずつ焼いていくとのこと。数カ月はかかるとのことであった。

また、その方もウッドバーニングの先生についている方であった。

先生についているということは、当然、ウッドバーニングの会員でもある。

 

展示されている絵は、多くは写実的な作品が多い中、

わたしの作品は狛犬をデフォルメした作品で、

黒い焼き部分も少なく、時間もかけていない。

なにせ、正月から1月15日の間に、

B2サイズの作品と太子判の作品2点制作した。

太子判のほうは、1回失敗したので、3日間ぐらいで一から作り直したのだった。

また、ほとんどの方が、ウッドバーニングの教室で通われた人、

先生について技術を習得した人たちばかり、

年数をかけた人たちばかりだったので、

なんとなく、場違いのような、門外漢のような、

疎外されたような気分になって

受け付けをし終えたのであった(汗)。

 

時間と芸術

と、いうことで皆んな時間をかけているんだって、

と家に帰ってカミさんに言うと、「そうでしょ、

皆んな時間かけているのよ。あんたのは、時間かけなさすぎなのよ」

と言われてしまった。

時間をかければいい作品ができるとは限らないと思っているわたしは、

ちょっとムカッとした。

 

最近、実装されてきたグーグルのAIに聞いてみた。

「時間をかければ、いい作品ができるの?」

すると以下のような返事が返ってきた。


芸術において「時間をかければ必ず良い作品ができる」とは限りませんが、
「時間の質」と「習得への時間」は作品の質に大きく関わります。
結論から言えば、単に作業時間を延ばすだけでは不十分であり、
以下の3つの視点が重要です。
1. 制作時間と質の関係
制作時間をかけることで、細部の描き込みや質感の表現、緻密な構成が可能になります。
しかし、時間をかけすぎると以下のようなリスクも生じます。
  • 客観性の喪失: 長時間集中しすぎると脳が「慣れ」を起こし、違和感に気づけなくなることがあります。
  • 迷いと悩みの混同: 創造的な「悩み」ではなく、手が止まるだけの「迷い」に時間を使ってしまうと、作品の鮮度は落ちてしまいます。
  • 描き込みすぎ: 適度なところで筆を置くことも技術の一つです。描き込みすぎが逆効果になる場合もあります。
2. 「技術」の習得には時間が必要
「芸術は長く、人生は短し」という言葉の本来の意味は、「(医術などの)技術を習得するには長い時間がかかるが、人間の命は短すぎる」というものです。
  • 観察と分析: 単に描く量だけでなく、資料を見たり、対象を深く観察・分析したりする時間にこそ価値があります。
  • 忍耐力: 緻密な作品を完成させるための「忍耐力」が、作品の飛躍的な向上につながるという意見もあります。
3. 評価基準は時間だけではない
岡本太郎が提唱した「芸術の三原則」のように、綺麗さや心地よさ、既存の「うまさ」を否定する価値観も存在します。
  • 瞬間の衝動: 時間をかけて練ったものより、一瞬のひらめきや勢いで作られた作品が人の心を打つこともあります。
  • 独自性と世界観: 時間をかけること以上に、自分なりの視点や世界観を持っているかどうかが「良い作品」の指標になることが多いです。

それにしても最近のAIはすごいなあ。

上の箇条書きの文を、数秒で記してくれたのである。

このように時代は、つねに進化しているのだ。

芸術も、ある面進化していっていいのではないか???

 

以前、「書道」をならっていたときのこと。

先生が、一枚の紙に文字を書くのは

5秒、10秒、… 一瞬なのである。

だが、その一瞬のあいだに書かれた文字の上に、

書道の奥深い世界が広がるのである。

それは、たしかなる今までの長い修練と技術が

あってこそ生まれる世界である。

修練を積まないと芸術的が線が生まれないのだ。

書道は、書くのは一瞬だけど、

長い修練がないと成り立たない世界だ、と

つくづく感じたものだ。

それが、今回会ったウッドバーニングの人たちと

話をすると、1枚にじっくり時間をかけて

描いていく方ばかりだった。

書道とはまったく逆の世界だ。

「あなたも、教室へ通ったら、技術力がつくわよ」

とかアドバイスされた。

「通信教室もあるから、やってみたら」とも

言われた。

先生につかなきゃ、うまくなれないのか???

月謝を払って教室に行くといっても、平日の昼間に

ある教室なんかは行かれない。仕事あるし。

ただ、教室に入って先生に名前を覚えられ

こういう作品展に出すにも、有利なのかな…。

 

幸い今回、作品が飾られる人は、ウッドバーニング協会の

会員になるのは無料なので、入ってみたらと言われたので

入ることになった。1年後は3000円、1年毎に払うらしい。

会員になれば賞に入賞しやすくなるのだろうか……?

そんな気持ちで入会したのではなく、

ただ、1年間は無料という現金な気持ちで入会したのであった。

今後の挑戦

今回の展示を見て思ったのは、

前にも書いたが、写実的な作品が多いということ。

旅行で行った先の風景、動物、植物、家族、

犬、猫、とくに猫の題材は多かった。

いったい誰が選考しているのか分からないが、

たぶん、重鎮の先生方数名なんだろう。

傾向はそういう感じ。

わたしのようなデフォルメチックなのはあまりなかった。

そうと分かれば、次は、写実的な作品を描いてやれ!

と思った。しかも、1年間時間をかけて。

 

自分の中では、写真のように、仕上げることには

あまり感動を生まないのだ。

なぜなら、そっくりそのまま、写し焼き上げることは

技術、テクニックであって、

創造ではないではないか。

 

油絵を描き始めた頃は、狛犬を

そのものの通りに描くことに意味を見出していた。

というのも、その頃、ネットで見る狛犬は

岡崎型のステロタイプの絵がほとんどで

江戸の尾流れ型、構え型、蹲踞型、はじめ型など

絵画ではあまりなかったのだ。

それで、岡崎型だけではなく狛犬には、

いろいろな型があるのよ、という心持ちで描いていたりしたのだ。

X(=Twitter)でも、いろいろな写真をほぼ

毎日、アップしてきた。

すると、狛犬を載せるのであれば

写真のほうが分かりやすいし、正確に分かるではないか、

しだいに写真で十分ではないかと考えるようになってしまった。

そのもの自体を写し描くことの意味が失われてきたのだった。

 

狛犬散策を長年続けていくうち、いろいろな狛犬をみるようになり、

そのうち「はじめ狛犬型」という、

伝聞とか作者のイメージで作られたユニークな狛犬を

見ることになって、

これは、独自のイメージで作った狛犬がとても

面白くて楽しいじゃないかと思うようになった。

今回、応募したのも、そういった「はじめ狛犬」から発想された、

独自で作り出した狛犬だらけの作品(ウッドバーニング)を

描いてみたかったのだ。

 

まだ、ウッドバーニングコンテスト展の会期中なので公表されていないが、

たぶん、終了後、ホームページで公開されたら、

このホームページに載せようと思ってます。

 

ながながとした文章になりました。

では、また。

 

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